はじめに:安心感が見えにくい時代に
忙しさや人間関係のプレッシャー、情報の多さに心が追いつかない──。
そんなとき、私たちは「安心したい」「ほっとしたい」と感じます。
しかし、その“安心感”は、実はただの気分ではなく、脳と心のしくみが生み出す心理的状態なのです。
最近では、カウンセリングや心理療法の中で「イメージワーク(guided imagery)」という方法が注目されています。
頭の中で穏やかな情景や心地よい感覚を思い描き、心身をリラックスさせて、安心感を育む方法です。
本記事では、その心理的メカニズムを、心理学と神経科学の研究をもとにやさしくご紹介します。
安心感とは?──心理学と脳科学の視点から
心理学者ジョン・ボウルビィ(Bowlby, 1969)は、人が心を安定させるためには「安全基地(secure base)」の存在が不可欠だと述べました。
安心感とは、この安全基地を感じられている状態、つまり「自分は守られている」「大丈夫」と心が認識している状態を指します。
脳科学の分野でも、安心感の正体が少しずつ明らかになってきています。
たとえば、「安心」を感じているとき、脳内ではオキシトシンというホルモンが分泌され、自律神経のうちの「副交感神経」が優位になります。
その結果、呼吸がゆっくりになり、心拍が安定し、体が“休息モード”に入るのです(Porges, 2011)。
つまり安心感とは、単に「怖くない」「落ち着いている」という感情ではなく、身体全体が“安全”だと感じている生理的な状態なのです。
イメージワークとは?──こころを整える「想像の力」
「イメージワーク」とは、リラクゼーションや心理療法でよく用いられる手法で、
頭の中に穏やかな風景や感覚を思い描き、それに意識を向けるワークです。
- 青い空ややわらかな光をイメージする
- 誰かに優しく抱きしめられている感覚を思い浮かべる
- 安全で落ち着ける場所を心の中につくる
このような“心の中の体験”が、実際に身体の反応を変えることが、多くの研究で示されています。
脳は「現実」と「想像された体験」を完全に区別できないため、イメージによっても副交感神経が活性化し、ストレス反応が抑えられるのです(Kwekkeboom, 2008)。
研究が示すイメージワークの効果
ここで、いくつかの研究を簡単にご紹介します。
・イメージワークによるストレス軽減効果
米国ウィスコンシン大学の研究では、イメージワークを行った参加者は、実施後にコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌量が有意に低下したと報告されています(Kwekkeboom et al., 2008)。
・脳の安心ネットワークが活性化する
イメージ中には、脳の「前頭前野(思考・判断・共感を司る領域)」と「帯状皮質(情動制御に関与)」が活発に働くことが分かっています(Holmes & Mathews, 2010)。
これらの領域は、不安を抑える働きや、安心感を生み出す中枢とされています。
・慢性的な不安感にも有効
イギリスの臨床心理学の研究では、日常的に不安を抱える人が2週間のイメージワークを行った結果、
「安心感」「自己効力感(自分にはできるという感覚)」のスコアが向上したと報告されています(Renner et al., 2019)。
これらの結果は、イメージワークが単なる気分転換ではなく、**脳と心の機能を調整する“心理的トレーニング”**であることを示しています。
安心感を育てるイメージワークのやり方
ここでは、誰でも簡単にできる基本のワークを紹介します。
1日5分程度でも、毎日続けることで心の変化を感じやすくなります。
① 静かな場所で姿勢を整える
背筋を軽く伸ばし、深く呼吸します。鼻から吸って、口からゆっくり吐く。
② 安全で穏やかな場所を思い浮かべる
自然の中、柔らかな光の部屋、好きな人やペットと一緒にいる情景など、心が「安心」と感じるイメージを自由に描きます。
③ その感覚に“身体ごと”ひたる
光のあたたかさ、風のやさしさ、匂いや音など、五感を使ってイメージを具体化していきます。
「今ここに安心がある」と感じられたら、その感覚を身体に刻むように味わいます。
④ 終わりに深呼吸し、現実の自分へ戻る
最後にもう一度ゆっくり呼吸し、今の自分の心と体に「ありがとう」と声をかけて終えましょう。
安心感は“感じる力”から育つ
安心感は、外から与えられるものではなく、自分の内側で育てていける力です。
イメージワークは、その力を取り戻すための“こころの筋トレ”のようなもの。
心理学や脳科学の研究が進み、イメージが心身に与える影響の大きさが次々に証明されています。
ほんの数分、自分の内側に「安心できる空間」を描く時間を持つことが、
ストレスの多い現代を生き抜くための、小さくて大きなセルフケアになるのです。
もし、自分の中の安心感をうまく見つけられないときは、誰かと一緒にその感覚を探してみるのも良いかもしれません。カウンセリングでは、あなたの中にある“安心の種”を一緒に育てていきます。どうぞお気軽にご相談ください。
